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君が代が聴きたい(続)
佐藤琢磨とホンダF1の戦いを追って



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第4戦 サンマリノGP (4/22?24)
20050421232941.jpg


コース名 アウトドローモ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ
全長 4.933km×62周=305.609km
予選レコード 1'19.753 J.バトン(BARホンダ)/2004年
ラップレコード 1'20.411 M.シューマッハ(フェラーリ)/2004年
2004年優勝 M.シューマッハ(フェラーリ) 1:26'19.670
2004年ポールポジション J.バトン(BARホンダ) 1'19.753

所在地 Via Fratelli Rosselli,2-40026 Imola Rep. Di San Marino(Bologna)
TEL +(39)0542 31444
FAX +(39)0542 30420
Web http://www.formula1.sm
アクセス ボローニャ(Bologna)駅から約30分のイモラ(Imola)駅下車徒歩約30分。ボローニャまではローマから鉄道で約3時間半、ミラノからだと約2時間半。
通貨 ユーロ
言語 イタリア語
日本との時差 ?7時間


フェラーリの本拠地マラネロに最も近く、熱狂的なティフォージの聖地イモラ。一時は開催も危ぶまれたが、今年もヨーロッパ・ラウンド開幕戦の舞台となった。真紅に染まるスタンドのすぐそばをF1マシンが駆け抜け、ティフォージは今年もフェラーリの1-2フィニッシュを期待している。

モーターレーシングの歴史書があれば、イモラサーキットの章は永くなるだろう。1950年代に始まり、1950年代に作られた当時、全長4.99kmのコースだった。大きなレースの開催はほとんど無かったが、多くの他の新しいサーキットがF1界に登場してくるにつれ、その都度、F1にふさわしく作り変えられてきた。
サーキットの名前は、有名なフェラーリチームの開始者である、エンツォ(ENZO)とその息子であるディーノ(DINO)に由来している。

1979年には、モンツァのイタリアンGPの一週間後にイモラで、ノンチャンピオンシップF1レースが開催された。当時「1ヶ国1GP」ルールがあった為、サンマリノGPはノンタイトルレースという特殊な例外イベントであった。翌1980年、モンツァが改正を受けている間にイタリアンGPを主催したサンマリノ(50マイル〔約80km〕向こうのアペニー山脈ふもとの小丘にある小さな独立共和国)の街、イモラは、開催地として成功を見せつける事となった。

最近までコースはイモラの街の中心部からも歩いてすぐのトコロで、でこぼことして傷ついており、しかもコースの半分の距離を川沿い、残りはブドウの木々に覆われた山間を走る、と言った環境にあった。
アイルトン・セナとローランド・ラッツェンバーガーの1994年の悲劇があり、ここでもサーキットは大幅な改正を余儀なくされ、現在では、5つのシケイン以外特色すべきものはない。それでも、ここ数年、イモラではエキサイティングなレースが繰り広げられている。

1980年、様々な政治的策略によりイタリアGPがモンツァの代わりにイモラで開催され、そのレースではニキ・ラウダが勝利した。この不穏な状況を解決するために翌1981年から、イタリアでは2つのGPが開催されるようになった。森に囲まれた閑静なカントリーサイドにあり、軽快な見晴らしのイモラサーキットはドライバーたちの人気も高い。

イモラサーキットでは多くのドラマが繰り広げられてきた。1982年、ディディエ・ピローニとジル・ビルヌーブの争いはこのサーキットから始まった。1987年ネルソン・ピケは予選中、激しい事故にあう。そして1994年、偉大な天才ドライバー、アイルトン・セナがレース中にこのイモラの地で命を落とした。この悲劇の死亡事故によりイモラの名はセナとともに人々の心に刻み続けられることであろう。

2000年はマクラーレンのミカ・ハッキネンがポールポジションをとり、決勝ラウンドでも健闘したものの惜しくも2位フィニッシュ。勝利はM.シューマッハが手にした。マクラーレンはD.クルサードも3位で入賞を果たしたが、その年のワールドチャンピオンはやはりシューマッハだった。

2001年はクルサードがポールポジションを獲得したものの、R.シューマッハが勝利しデビューから実に5年目にしてF1初勝利を飾った。

2002年はラルフの兄ミハエルが再び勝利を勝ち取り、ラルフは3位、兄弟揃っての表彰台となった。

2003年はマクラーレンのK.ライコネンとR.バリチェロを従えて、M.シューマッハが優勝。

2004年も同じような流れとなり、同サーキットでシューマッハは3年連続の勝利を上げた。
2001年はR.シューマッハが優勝を飾り、1998年にD.クルサードが優勝して以来、シューマッハ兄弟の優勝が続いていることになる。

そして、2004年はBARホンダのJ.バトンが自身の初ポールポジションを獲得し、1回目のピットストップでトップをシューマッハに奪われたものの、猛烈な勢いでシューマッハを追いかけた年として記憶されるだろう。

【過去優勝者】
2004年 M.シューマッハ (フェラーリ)
2003年 M.シューマッハ (フェラーリ)
2002年 M.シューマッハ (フェラーリ)
2001年 R.シューマッハ (ウィリアムズ)
2000年 M.シューマッハ (フェラーリ)




4/22 金曜日セッション
フリー走行1回目 11:00?12:00 【18:00?19:00】
フリー走行2回目 14:00?15:00 【21:00?22:00】

4/23 土曜日セッション
フリー走行3回目 09:00?09:45 【16:00?16:45】
フリー走行4回目 10:15?11:00 【17:15?18:00】
 (放送予定 CS721:15:50?18:20)
公式予選1回目  13:00?    【20:00?  】
 (放送予定 フジテレビ系列:26:00?26:30  CS721:19:50?21:10)

4/24 日曜日セッション
公式予選2回目 10:00?     【17:00?   】
 (放送予定 CS721:16:50?18:10)
決勝レース   14:00?     【21:00?   】
 (放送予定 フジテレビ系列:23:50?25:40  CS721:20:50?23:20)

周回数 62周 305.609km




【サンマリノGP プレスカンファレンススケジュール】

4/21(木曜日)
15:00?
G.フィジケラ (ルノー)
N.ハイドフェルド(ウィリアムズ)
クリスチャン・クリエン(レッドブル)
M.シューマッハ(フェラーリ)

4/22(金曜日)
16:00?
J.バトン(BARホンダ)
ジル・ド・フェラン(BARホンダ)
アレックス・ ブルツ(マクラーレン)
ロン・デニス(マクラーレン)

4/23(土曜日)
予選後*
予選のトップ3ドライバー

4/24(日曜日)
レース後*
レースのトップ3ドライバー

すべてのプレスカンファレンスはメディアセンターのプレスカンファレンスルームにおいて行なわれる。

* 予選とレース後のプレスカンファレンスはテレビ用のインタビューの後に、メディアセンターのプレスカンファレンスルームにおいて行なわれる。




【サンマリノGP プレビュー】
ブリヂストン
フェラーリ
レッドブル
ルノー
トヨタ
マクラーレン
BARホンダ
ザウバー
ウィリアムズ
ジョーダン
ミナルディ
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